桜がほころぶ春の日も、蝉の声に包まれる夏の午後も、金木犀の香る秋の夕暮れも、雪がそっと降る冬の朝にも—— 日本には、四季のうつろいを感じる瞬間がたくさんある。でも、忙しない日々のなかで、それらをじっくり味わうことは、案外少ないのかもしれない。
これは、そんな日々のなかでふと立ち止まり、季節の息遣いに耳を澄ませるための一冊である。
著者は、大人になってから何と無くでお稽古を始めた。最初はただの作法に思えた所作が、季節とともに深まるごとに、少しずつ違って見えてくる。たとえば、お茶を点てる手元にそっと落ちる朝の光、静かに湯気を立てる茶碗のあたたかさ——そうした何気ない瞬間に、豊かさが宿っていることに気づいていく。
この本の魅力は、「茶道の本」という枠にとどまらないこと。 ここで描かれるのは、ただの稽古の記録ではなく、移ろいゆく時間をどう味わい、どう愛おしむかという物語だ。たとえば、茶室のなかでひとつの動作に心をこめることで、どんなにささやかな行為も特別なものに変わる。
四季折々の景色を映す器、ほんの一口で季節を感じさせる茶菓子、静かに湯気を立てるお茶の温もり——茶道の中にあるのは「学び」ではなく、「発見」なのかもしれない。忙しない毎日のなかでは見過ごしてしまうような、ほんの小さな変化に気づくこと。その感性を取り戻すことで、日常がふっとやわらかくなる。
茶室に足を踏み入れなくても、この本を開けば、季節がそっと寄り添ってくれる。心を落ち着ける時間を持ちたい人、日々の中にささやかな楽しみを見つけたい人に、そっとおすすめしたい。
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