書誌レビュー一覧 1件~3件(全3件)

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線は、僕を描く

砥上裕將著. -- 講談社, 2019.
ISBN:9784065137598
総合評価:

1

モノクロの絵が描くもの

硯に墨をする。筆を墨に浸す。筆の重みが白い空間の中に溶け込んでいく。豪快な線・やわらかい線・繊細な線。様々な線を描いていく。そして、それは次第に形になり、墨一色で描かれた風景画が完成する。

両親を事故で亡くした青山霜介(あおやまそうすけ)は、生きる意味を見出せず、どこか空っぽな毎日を過ごしていた。彼は展覧会のアルバイトをしていた時に水墨画家である篠田湖山(しのだこざん)と出会う。湖山に才能を見出された霜介はその場で弟子入りすることになる。それを気に入らなかった湖山の孫・千瑛(ちあき)と「湖山賞」をかけて水墨画で勝負することになる。

「自らの命や森羅万象の命そのものに触れようとする想いが絵に換わったもの、それが水墨画だ。」(p.301)

水墨画は花や風景など、見たものをそのまま表す。口では簡単にいうことができるけれど、水墨画で表現することは難しい。花や風景は日によって刻々と変化し、同じ花や風景は二度と見ることができない。人間と同じように自然にも命があることに気づかされた。

毎日新しく変わっていく自然を感じ、今日も僕は線を描く。


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2

空っぽだから映せるモノ

空っぽ。空っぽという事は何でも入れられるし、入れたものそのままが映る。

主人公の青山霜介は事故で親を亡くしてから空っぽだった。何もない真っ白な部屋のように。

高校からそのまま意味を見出せずにエレベーター式で大学生になった彼。

青山とは対象的なストレートな性格の友人、古前が誘って来た展示会の手伝いで思わぬ物に出会う。

それが水墨画だった。
「自らの命や、森羅万象の命そのものに触れようとする想いが絵に換わったもの、それが水墨画だ。」p.301

その道の大御所である湖山先生に見出され、やる事がなかったという理由だけで弟子入りを決めた青山だったが、そのモノトーンな世界は彼の生活を鮮やかに変える。

「何かになるんじゃなくて、何かに変わっていくのかもね」p.11

何もないからこその観察眼、心を通して見る力。

「画仙紙の上は、心と同じように時間も空間もない場所でしょ?」p.295

ただ心を映す。一挙手一投足に心は表れる。
繊細だが、素早く。素早いが大雑把ではない。墨の滲みや濃淡など、感覚が物をいう。

だが、一番大事なのは、絵を描く際、描く物から何を教わり、教わった物を心から映せるか。

そんな"水墨画と心"の物語。
是非この線に触れて欲しい。


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3

つながってきてつながっていく。

 モノクロの世界。濃淡だけで全てを表す。時に風景を、人を、そしてそこにある感情を。ずっと静かで雄弁な絵。
 水墨画。
 
 主人公の僕は白黒はっきりとは語れないどこか空虚な毎日を過ごしていた。そんな毎日は水墨画と出会うことで、はっきりとしないが故に語れるようになっていく。
 表現というのは限りなく言語的な活動でそれが音楽だろうが絵画だろうが詩でも踊りでも伝える側と伝わる側の会話だということをどこかで聞いたことがある。
 「どこか〇〇」、この〇〇に、儚げであったり悲しげであったり嬉しそうであったり楽しそうであったりと、感情が埋められる。この「どこか」という感情に居場所を見つけたい。その場所でその感情を思い切り叫びたい。それは言葉ではうまく言えないことかもしれない。簡単な言葉では言い表せられないもので、わかった気にもなって欲しくない。
 失恋が悲しいばかりであるか、遊戯が楽しいだけであるか。そんなんじゃない、そんなもんじゃない、そういうことじゃない。
 それを描き直しできない墨の中で話す。
 拙い言葉では足りないけれど、一筆で充分。


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